デイヴ平尾氏 追悼ライブのお知らせ
ザ・ゴールデンカップス リーダー デイヴ平尾氏が
11月10日、かねてより食道がん療養中のところ、ご逝去されました。
故人の訃報に接し、ここに謹んでお悔やみ申し上げます。
当ライブ
THE GOLDEN CUPS×G.S.SUPER UNIT
LIVE SPECIAL 2008
に関しましては、出演メンバーと協議の上
「デイヴ平尾 追悼ライブ」として、実施することが決まりましたのでお知らせいたします。
デイヴ平尾 2008年11月10日没 享年63歳
本名:平尾時宗。
1944年11月17日、横浜の外国船専門のクリーニング店の息子に生まれる。横浜出身。
小さい時から姉の影響で音楽に親しみ、高校時代にビートルズ・スタイルのアマチュア・バンドを結成。日大進学後は<スフィンクス>というバンドで、マモル・マヌーと共にリード・ヴォーカルを担当していた。
66年7月3日から4ケ月ほどのアメリカ放浪の旅に出かけ、本場のR&Bを体験。同じくアメリカ放浪中のエディ藩とライヴ・ハウスで偶然の再会も果たしている。
また、この旅で出会った現地の人々に、当時人気のTV番組『逃亡者』の主演俳優デヴィッド・ジャンセンに似ていると言われて<デヴィッド平尾>と名乗ったことが、のちにデイヴ平尾という芸名が誕生するきっかけとなった。
帰国後、マモル・マヌー、エディ藩、ルイズルイス加部、ケネス伊東と共に<平尾時宗とグループ・アンド・アイ>を結成。
本牧のクラブ『ゴールデン・カップ』のレギュラー・バンドとして活動を始め、67年に<ゴールデン・カップス>と改名しレコード・デビューした。以後、バンド・リーダーとして、メンバーの出入りが激しかったカップスをまとめ続け、72年の解散まで在籍し続けた唯一のメンバーとなっている。
解散後、72年10月に<デーブ・平尾>名義でシングル「僕達の夜明」(TVドラマ『太陽にほえろ!』第35話でBGMに使われた。B面はのちに『傷だらけの天使』最終回に使用された名曲「一人」)を発表。
73年から74年にかけては、柳ジョージ、ルイズルイス加部たちとバンドを結成し、<ニュー・ゴールデン・カップス><ママリンゴ><横浜酔いどれバンド>等と名乗って、各地でライヴ活動を展開している。
また、74年に沢田研二主演のTVドラマ『悪魔のようなあいつ』(TBS)に出演したことがきっかけとなり、翌75年には、同じくTBSのドラマ『時間ですよ・昭和元年』『花吹雪はしご一家』にも出演し、コミカルな演技を披露した。
78年には、久々のシングル「ねぇ」をリリース。その後、80年にシングル「野良犬」、83年に同じ横浜出身のグループ<李世福コネクション>をバックに制作したアルバム『横浜ルネッサンス』をリリースしている。
そして2003年にはオリジナルメンバーを集めて、ゴールデンカップス復活を果たし、またソロ活動としては、六本木のライブハウスで毎晩4ステージをこなし、全盛期のファンから20代の女性まで幅広い客層を楽しませていた。
右手にグラス、左手にマイクを握り、熱唱する姿は夜の六本木の風物詩でもあった。